酔いどれおじさんとワガママ娘

私はワガママ娘だ。
(うすうす自覚症状がでている)
親に感謝しないし、
素直な気持ちで尊敬もできない。






それでも実家に居座ってるし。




そんな奴は
世間一般常識的に、人として、
ダメなら




大丈夫です。






ダメでいいです。




誰がどう言おうが、
それもその誰かの勝手だよな
って思ってしまうし
めでたいね、と見下したりする。





じゃあさ、聞くけど
私の親とあなたの親、
取り替える覚悟ないでしょ?
私の親を面倒みるわけないでしょ?
(うちの親より物凄い人が
きちゃったりしてね、
それはそれで大変だね)






だから私の勝手。





いつか、自分の人生を、
先祖や親たちを選んで
生まれたことを
よかったと思うときがくるまで
私は私の気持ちを誰にも汚させずに
(世間一般の価値観として)
ダメってことにしといてあげるよ。




そもそも、親が子どもを
愛情で育てるのだと思っているなら
それはそれで素敵なことだと思う。
でも、現実的な話、
親権者としての義務と責任ですよ?





法律のお話







でも、読んでほしい。
自分のことは
自分が
救い出さなきゃいけないから。



酔いどれおじさん

うちの親父は酒豪だ。
(本人は一切認めない)




車を運転するときは
お酒を飲んで8時間以上
おいていると信じるしかない。




でね、アル中疑惑な上に、自己中!
うまく韻踏んでるじゃねぇか!





そんなおじさんもイベント大好きな
典型的なパリピ。
誕生日は
何か出前とるか?
ピザとか
どこか食べにいくか?
寿司とか






なんで2択⁇





ねぇ?




彼の場合、
たとえ誰の誕生日であろうと、
御馳走にかこつけて
自分の好物を食べたいだけなのだ。
正直に
行ってみたいお店を指定すると
「でも、座敷なんじゃない?」
とか
「ちょっと遠いよな」
とか難色を示すし、
渋々okして連れて行ってくれて
御馳走までしてくれたけれど、
「あんまり美味しくなかった」
とか
「店員が気に入らない」
とか
いちいちうるさい(笑)







じゃ、一人で行けよww





だから、しばらく
誰かに奢ってもらうこと
=奢ってくれる人の機嫌をとる
イメージが頭にこびり付いて
辛かった。





いまは大丈夫!
奢るのも奢ってもらうのも
楽しいし嬉しい♪





完璧な人はいない

これまでは、
自己肯定感だとか自尊感情だとか
そんなことを培う方法すら
知らなかった。




父も母も、母なんか特に、
私や妹を
どこかのいい子にしたがった。

母は、いい人が大好きだった。
人間のなかに聖人君子がいると
本気で信じていたんじゃないか?
(本気でいないとも言いきれないけど)
いい子ならみんなから好かれる、
と思い込んでいたらしい。
(私、バカでドジでゲスいけど
いま割といい感じだよww)






まかり間違っても
「あなたはそのままでいい」
なんて
言ってくれたりしなかったし、
どんなに脅迫をしたって
痛すぎる拷問をしたって
言わなかっただろう。







自分も、自分の子も、
誰もかれもが好かれるようにして
暮らしていればいい、みたいな。

私もそう。
人付き合いも相手に合わせてた。
だからか
いけ好かない子とばかり遊ばされて、
友だちを選べなかったし、
まさか友だちを選ぶ権利が
与えられているとは
友だちは選んで付き合う存在とは
知らなかった。

(5〜6歳なら自我はあったはず
自分が自己主張しないことで
いけ好かない子たちの
したいようにさせて
相手を助長していたと思うと
そしてそれでも
自分に我慢させることを
自分に強いていたのかと思うと
あらためて自分にゾッとするわ)

自分の意見を言わないと
自分の楽しい時間は始まらないって
思いもしなかったよなぁ。








母は、何かというと
私をぶった。






多分、親やっている人の何人かが
履き違えていることだと思うけど、
子どもが何かやらかして
子どもを叱るとき、
怒鳴っても、ぶっても
謝らせても何も解決しないし、
そういうときの「ごめんなさい」は
「もうやめてください」だからね。
「ごめんなさい」って言えば
この時間が終わるの知ってるから、
言っているだけかもしれないよ?
(私はそうだった)





反省したとは限らないからな!





やーい!(笑)




親って
なんで子どもサイドの言い分
最後まで聞けないんだろう?




なぜ、
それをしようと思ったのか、
なぜ、
それをするに至ったのか、
そうしたらどうなると思ったのか。
そういうことこそ、
忙しいから〜とか
時間がないから〜とか
ないがしろにしては
いけないことなのにね。




ケガとか危険でなければ
じっくりお話聞いたほうがいいよ。
何だって誰だって、
言ってくれなきゃ
わからないでしょ?





だからって尋問スタイルで
聞く人もいるけど、あれは脅迫。
ごめんなさいで
終わらそうとするじゃん。
そしたら
「何に?ごめんなさい?」とくる。
この状況になったことに、
親を怒らせたことに、
ごめんなさいしてるかも。
本当に善悪の区別の
指導になっているかはあやしい。






親やってる皆さん、
教育やってる皆さん、
まぁ、がんばって。





なんでも頭ごなしに
「そんなことしちゃダメだ」とか
「あの子はそんなことしない」とか
じゃあ
あの子の親になれば、だよね。
もうちょっと賢い叱り方で、きなよ。



子どもに察しては通じない。
子どもに察させる大人なんて
大人に察させる大人以下だ。
(そりゃそうか)

大人も子どもも同じだ。
人だもの。
話せば聞いてくれるし、
理解しようと歩み寄ってくれる。




うちの場合は、
「こんな出来の悪い娘なのに
家を追い出されないだけいい
我慢しよう」
とか
「親父には虐待されたわけでもないし
(お酒の力を借りて怒鳴りちらして
妻子どもを黙らせるしかできない
バカだし、
母親には暴力を振るったから
ただのクソだけど、一応うちの親父)
中学3年間は毎日のように
お弁当を作ってもらったし
クソ親父だけど、
良くしてもらえるだけありがたい」
なんて
よその誰かの言葉を引っ張り出して
広げてかざしては、
自分がいけない子なんだ。
自分が至らないから
親にも周りの人にも
迷惑をかけているんだから、
このくらいで文句言っちゃいけない
とか
自分を閉じ込めてきたけれど
もうそうもいかなくなってきた。






それはそれ!





もちろん、父親として
衣食住を提供してくれたし、
中学のとき、高校に入ってすぐも
「行きたくなければ
   学校に行かなくてもいい」
と言ってくれたけど。




まぁ、見放されたと思ったね。





あれだけ、よそから
「ガンバレ」って言われるのが
嫌でたまらなかったのに、
実の親には、
「ガンバレ」
って言ってほしかったみたい。
父にも、母にも。




どこまでワガママ娘なんだろww




このままワガママにいくぞ!






自分で決めたことに
責任を負うでもなく、
自分の存在を
「人である資格がもうない」
とか
「生きている価値もないクズ」
だと思って責任から逃れていた。






親父は割とグズが嫌いだから
ちょっと黙り込むと
「ハッキリ言え」
とか
「じゃあいいよ!好きにしろよ
    何も言わないから!」
って自己完結するタイプ
ちなみにどちらの「」も
怒鳴り声





いまは怒鳴ると私が怒るw
「怒鳴って何でも通せるわけ
   ねーだろバーカww」って
温度差をもって冷たくあしらう。

お互いに大人というか、
話し合いできるようになってきた
ほうだと
お互いの歩み寄りに
進歩を実感する。






でも、たまに
前進したはずが
後退している…




親父の都合のわるい話は
たまに話題を急にそらしたりして
逃げられるけど。




こんな親ならいいのに
こんな自分ならよかったのに…
って、どこの目線から
オーダーしてんだよって話だよね。




自分は自分でしかない。





自分だって親だって、
そういう人であって、
そういう人でしかない。
もう完全体なのだ。




言葉より行動

自己肯定感?
自尊感情?

あまり好きな言葉ではない。
言葉で唱えているだけじゃ、
何も意味はない。

勇気とか閃きのように
その人のもつものであって、
いつか、何かのキッカケで
ふと、自分のお腹の底のほうから
湧き上がるあたたかいもの。
(胃より下、でも吐き気ではない!)

自尊心を持とう!
なんて言われると
販促キャンペーンじゃあるまいし、
無料サンプルもらえますか?
と言いたくなる。




本当、言葉だけ並べても
自己満足にすらならない。
持とうと思って持てたら、
いじめもネットの誹謗中傷も
綺麗さっぱりなくなるんじゃね?

と笑い飛ばしたくなってしまう。




違うよね。
自尊心も自己肯定感も
自分のなかにあるもの。
私は
自力で呼び起せなかっただけで、
他者の力を借りて
自分に問答してみたら、
やっぱり
自分のなかにあったっぽい。





アル中おじさんとワガママ娘

そんなわけで、
誕生日に何が食べたい問題は、
ここしばらく辞退している



誕生日って生まれてきた日で
産まれた日でもある
これまでにも何度か
ブログでお話していることだけれど、

「生む」+尊敬語「られる」=「生まれる」
「産む」+尊敬語「られる」=「産まれる」
命とは、誰にでも何にでも
全てに等しく宿るもので
尊敬に値する至高の存在!

もちろん、母親がいきんでいきんで
ギュルラァァァァァ!って叫んで
(叫んでいてほしかったと願っている)
私をこの世界に
産み出してくれたからでもあるし、
そのためには、
きっと周りの人たちも
何らかのかたちで
サポートしてくれたに違いない
と信じている
なんせ生まれる前のことは
あんまり覚えていないのです、私






さすがに何度も
そういう展開を繰り返すうちに、
食べたいものを食べたいから
お気持ちだけで十分です!
という通過点にきている





断るとしばらくいじけるけど、
「じゃあ(妹と)二人で行ってくれば?」
ってすねるけど、





私の望みは…







立ち直ってほしいだけ。




自分の状況を、事実を
可哀想とか惨めとかじゃなく
ただ、こうなのだと
知ってもらって、
知ったうえで、
これからどう生きていくか
自分の人生を、未来を
少しだけでも幸をもてたらなって…





それって結局、私自身にも
言いたいことだったね。
(だからってまだ感謝はできないけど)





朝、起きて
自分の支度があるのに
なんで
誰かが汚した🚻を
処理するところから
始めなきゃいけないのか?





アル中を助長したくないし、
八つ当たりもごめんだ。
夜は安眠するための時間をとりたい。




痛風を勝手にこじらせておいて
これは違うんだ、とか
(仮に違うとしても、
病院にかかったり
そうなったらどうなるか
少しだけでいいから考えてくれよ)


自己中だから、
自分が絶対正しいし
自分が絶対大丈夫だって思ってる。
嫌なら出ていけ、だもんなー。
出ていく以外の解決策を
考えたかったけれど。





私もそうなのかな。
そうならそうで、
しょうがないかな。






身内も友達もダメ
誰がなんて言っても言い訳して
うやむやにする。
そういうところが
遺伝子で私にも
引き継がれているような気がして、
私自身にもあるような気がして
全身を切り刻みたくなる。






そんなことやっちゃダメだし
やらないよー!







いつも柔軟でいられるように。







やっぱり
自分が自分を
救い出さなきゃいけない。






もう十分惨めだ。
可哀想じゃなくて惨めだ。






じゃあどうしようか?





ワガママ娘もアル中おじさんも
未来の自分の幸せを
冷静に考えるときがきている。

愛のだいじょうぶし

いい事だけがハッピー? 頑張ったから報われる? そんなブログを書いています

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