ポンコツでも社会に出られた話 その①

先が見通せないものは嫌いだ。

毎日、同じ時間の電車に乗って

学校や職場に通う、

こんな当たり前のことが

私にはできなかった。


学校なんて、

たかだか3年か4年だし、

社会人生活だってどうなるかは

自分次第。

だけど、先が見通せないと

これを

死ぬまで続けないといけないような

強迫観念みたいなものに

縛り付けられたところに、

鍵までかけられて

手足も口も塞がれる。


そんな自分を救い出せない

不自由な感覚に陥って自問した。

これが誰のための人生で、

学生や社会人を死ぬまで続けるのか。

自分という人間であることを

見失いそうになるし、

気が狂いそうだった。

自分の人生を生きる、

ということを知らなかったからね。


中3は不登校、無断欠席もした。

プールの授業は全部パス。

不良になれない

一匹狼の劣等生だった。







もしかしてだけど

これまでの自分の思考パターンや
行動をふりかえると、

おそらく軽度の適応障がいだ。

といっても、

プロに診せたわけではない。

この症状は中学時代から

かれこれ20年来のトモダチだけど、

胸が締め付けられるように痛み

(病院で調べても何も出なかった)、

禿げたり(あ、皮膚科行かなくちゃ)、

20代は帯状疱疹ができたりも

(帯状疱疹だって
最近まで知らなかった)。

病名がつかなかったからこそ、

いままでこうしてポンコツながら、

社会や多くの方々と

関わることができたので、

病院に行かずに

踏ん張ってくれた自分に
拍手を贈りたい。



バブルのイメージで

つくってしまった限界

17歳のときにアルバイトを始めた。

でも、ここで

馴染める気がしなくて、不安すぎて、

お弁当製造工場を1日で辞めたり、

居酒屋は3日まで耐えたけど、

ダメなものはとことんダメ。


ここで一生働くと思うと、

それが嫌で嫌でたまらない。

とりあえずで選んじゃいかんよ、

本当に(笑)。

合っていなければ

お仕事を変えてもいいなんて発想は、

当時の私になく、

仕事が合わない=欠陥品

という図式が自分のなかにあった。


就職すると、そのお仕事を

定年まで辞めることができない

という勝手なイメージで、

もうこれはダメな人生だって
思ってた。

働くことが自分のためではなく、

世間体のため
だったからかもしれない。

人として大人になって生きていく

=働くことへの自信を

すっかり無くしてしまった。

(単に業務内容に

ついていけなかっただけで、

いまだったらできるけどやらない、

と言えるけどね)


会社に行ってクソジジイ上司の

お茶を入れて、

適齢期に寿退社して

専業主婦になって、

毎日家事ばかりでは息が詰まる。

元美容師ではあるが

そんなうちの母親を見てきたので、

私にはその生き方は

向いていない気がしていた。

(いまは結婚=不自由ではない

と知ったので

きっと楽しく生きていけるな)


会社に入るからには会社のために

役に立つ人材でありたかったし、

自分がいなくなっても

代わりなんか
いくらでもいるようなところに、

わざわざ頑張って

通うこともねぇなって思ってた。

本能では自分のやりたいことを

やりたいとわかっていたみたい。


高校受験も周りがやるから

やっただけで、

一夜漬けで合格するような

チョロイ高校だったから、

私って、

本当はものすごく

頭が良いんじゃないかなって、

いまでも勘違いしている(笑)。

高校に通って、大学に行って就職、

という人生設計を頭から除外して、

自分はどう生きるのかを考えると、

とっくに詰んでたけどね。



キッカケは児童館

そんな

ハナクソみたいな小娘だったけど、

すっかり

引きこもりニートになってしまった
私の楽しみは、

図書館で映画

「マイフレンド・フォーエバー」の
VHSを借りて観る日々で、

返してもすぐ借りて、

借りられる期間の2週間

まるまる毎日観まくっていた。

少年みたいな服装で、

めちゃくちゃ太ってたから

目立っていたと思う。

多分、図書館の人たちは、

ヘンなあだ名をつけて、

「またアイツきたよ」とか

言ってたかもしれないけど、

そんな小さなことはどうでもいい。

(言ってたとしても

その言っている人も

どこかで「アイツね~」と

言われていると思えば、

何も悔しくはない。

小さなことはどうでもい~

とか書いておいて、

こんなことをわざわざ書いている

器の小さい自分もなんだか好きだ)


図書館には児童館が併設されていて、近所のガキンチョ

(小学生なのに、

こんなハナクソみたいな小娘と

仲良くしてくれていたので

愛を込めてこう呼ぶ)が

よく利用していたから

存在は知っていたけれど、

自分は17歳で

大人でも子どもでもない
中途半端な年頃だったから、

いつも素通り。

高校3年生の人まで利用できる

と聞いて、利用してみた。

最初は本棚のマンガのコミックスを

読みまくった。

ワンピースやこち亀も

最新号まで完備で、

自分でマンガのコミックスを

買わずに済んで

経済的にもとても助かった。


18歳か19歳には、

利用者の立場ではなく、

ボランティアで通うようになった。

これもキッカケは男で(笑)

下心丸出しだったけど、

その子が来なくなっても

ボランティアを続けて
別な児童館に行ったり、

いろんなところへ

出かけていくようになったから、

社会人の一人になるための

ステップになったし、

ここでの経験が自分のなかで

「誰かの役に立てた」という
自信につながった

といってもいいくらいだ。


本当の本当に

社会に出る覚悟ができたのは、
別な理由がある。

それはまた後日書くとして、

少しずつ、

労働者として社会に出たい

という気持ちが出てきた。

これがなければ、

いまごろ私はどうなってたかね。

こわい。





つづく


愛のだいじょうぶし

いい事だけがハッピー? 頑張ったから報われる? そんなブログを書いています

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